26. SEPTEMBER 2016

ひるまず、自分の限界に挑め

ロマノ・モンベッリ、スイマー

この言葉どおり、ロマノ・モンベッリは公式スイミングプールでの競技を離れ、自然環境で自分のメンタルと体力の限界に挑むことを決意しました。大いなる自然界に身をおき、容赦なく牙をむく水に立ち向かい、さらに体力をどこまで維持できるか、という過酷な挑戦です。しかし達成したときの感慨はひとしおで、手つかずの自然を相手に悪戦苦闘した体験は忘れることはできません。そんな特別な達成感を味わいたくて、モンベッリはオーシャンズセブン(※) 横断という壮大な目標を掲げました。地球上でもっとも制覇するのがむずかしいといわれる海峡に、果敢に挑戦します。
※オーシャンズセブン:世界オープンウォータースイミング協会が定める、各大陸にある7つの海峡 (ジブラルタル、ノース、クック、ドーバー、津軽、カタリナ、カイウイ)。これまで達成したのは4人。

オープンウォータースイミングの最初のプロジェクトは、ジュラ湖水地域の遠泳です。マータンからイヴドン・ル・バンを経てソロソンに到達するルートで、100キロメートルを4ステージに分けて泳ぎ切ります。自然界の厳しい条件下で泳ぐには、自分の限界を超えなければなりません。

1ステージが9 キロから44キロほどの距離で、波が荒く風や水流は気まぐれに変化します。フォルティスはモンベッリのスポンサーを務めており、彼はアクアティス・コレクションのマリンマスター クロノグラフを装着してこの冒険に挑みます。

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105キロメートルを4日間で泳ぐ

アレ川から上がってきたモンベッリは階段のステップにしゃがみこみ、ひとこと、『やったぞ!』とつぶやいた。はしゃぐでもなく、笑顔もなく、泳ぎ切った余韻に浸った。『その喜びや実感は2、3日後に沸いてくるものだ 』

4つのステージで最終コースのアレ川は料理のデザートのようなもので、ビエンヌとソロソンの間で流れがとても早く、予定していたよりも2時間も早くゴールに到達しました。

モンベッリは4日間で105キロメートルを泳ぎました。ニューシャテル湖の冷たい水の中、たったひとりで12時間10分を泳いだのです。23歳の若者がどうしてこんな挑戦をするのか ? それは言うまでもなく、「イヴドンからソロソンまでを泳ぐのがぼくの夢だった」からです。1時間に3、4回ジェルとドリンクの食事が供給されますが、サポートをするボートからロープを使って手渡されます。というのも、ボートや地面に触れたと同時に失格となるからです。彼は泳いでいるあいだ中、こんなことを考えながら自身を励ましていました 『ジェルとグルコースだけじゃ健康的でないのはわかっている。これが終わったら数日間はたくさん食べて何もしないで過ごすぞ』

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『自分はこんなにきれいな場所に住んでいる。遠くへ旅行しなくてもこの美しさを味わうことができるんだ』 そしてミッションを思い出し自分を奮い立たせたのです。『ぼくはこんなことができると証明することだけが目的ではない。地元の美しい自然を多くの人に知ってほしいんだ』、『そのために湖水地域を泳ぐ計画を立てたし、ぼくも地元での遠泳を実現したかった』
しかし、このプロジェクトはすべてが楽しいことばかりではありませんでした。『ニューシャテルでJoran(ジュラ地方の強い風)が吹き荒れて、ブイにつかまって10分間、風がおさまるのを待っていたときはとても辛かった。でも、これがチャレンジというものなんだ』

次の目標:オーシャンズセブン

彼を魅了したのはオーシャンズイレブンではなく、オーシャンズセブンです。多くのスイマーが泳ぎたいと切望する世界でもっとも過酷な7つの海峡のうち、モンベッリはすでにジブラルタル海峡を制覇しました。次はドーバー海峡制覇を考えていますが、ジブラルタルの挑戦を終えたばかりで具体的なことはまだ決まっていません。

実現したプロジェクト:

ジブラルタル海峡 スイス公式記録

2015年4月5日

21キロメートル

3時間58分

古代ギリシャ人がヘラクレスの柱を地の最果てではないかと考えた一方で、ローマ人はアフリカとヨーロッパを隔て、大西洋と地中海をつなぐこの海峡を、新世界の始まりととらえました。モンベッリは巨大石油タンカーに囲まれながらも、この挑戦ができる喜びで元気いっぱいです。水泳には不利な水温、5キロも遠回りして回避しなければならないほどの海流にもかかわらず、タリファからモロッコまでの距離をスイス人としては最年少、さらにスイス人として最速で泳ぎ切りました。こうして、オーシャンズセブンの最初のステージを難なく突破したのです。

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カイウイ海峡 : オーシャンズセブン

2015年10月12日

44 – 55キロメートル

クラゲ毒によるしびれで中断

地球のもう一方の側で、モンベッリはこのプロジェクト最長の海峡に挑みましが、残念ながら失敗に終わってしまいました。ハワイ諸島、モロカイとオアフに挟まれたカイウイ海峡は、流れの速い海流、大波と多くの海洋生物が生息する場所です。この企画はSRFドキュメンタリーシリーズ”サマーチャレンジ”の一環としてプロカメラマンによって行われたものですが、失敗の原因は皮肉にも海洋生物による妨害でした。モンベッリが数キロ泳いだ地点で、ポルトガルクラゲの大群に突入してしまったのです。クラゲの毒にあたって激痛がはしり、彼はしびれと意識障害に襲われながらもなんとかそこを脱出したのでした。終わった当初はがっかりしていましたが、自然の圧倒的なパワーを経験したことはモンベッリにとって非常に大きな学びとなりました。このことを通じて、チャレンジを成功させるには、スイマーとしてもっと多くの経験を積み知識を身に付けなければならないことを痛感したのです。またいつかハワイに戻ってカイウイ海峡に立ち向かうとき、今回の痛い教訓はきっと彼の助けになることでしょう。

ブリンツ湖 : ワールドレコード

2015年9月5日

14キロメートル

3時間18分

モンベッリは2回目のオープンウォータープロジェクトとして、美しい山岳地帯ベルナーオーバーラントからギーズバッハ滝にいたるコースに挑戦しました。最初はオーシャンズセブンの第2ステージの準備としてブリンツ湖横断を計画していましたが、印象的なアルプスの風景とともにモンベッリ自身の成功として、彼のスポーツキャリアの中でもハイライトとして注目されるプロジェクトへと変貌をとげました。彼は凍えるような水流を泳ぎ切ってブリンツ湖に到達し、新記録を打ち立てました。

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ボニファシオ海峡 : 世界記録

2015年11月7日

16キロメートル

3時間40分

ハワイでのプロジェクトが不成功に終わったあと、予想以上に早く立ち直ったモンベッリは再びスポーツへの情熱を取りもどしました。さっそく挑戦したのは、コルシカ島とサルデーニャ島の間にあるボニファシオ海峡です。ここは変わりやすい天候、早い海流、多くの岩礁で知られる海峡で、船乗りだけでなくスイマーにとっても困難を極める難所です。季節は秋でしたが、サルデーニャからのスタートは好天に恵まれ、コルシカでの到達タイムは彼のキャリアだけでなく、オープンウォータースイミングスポーツの世界でもマイルストーンとなる結果となったのです。彼のタイムはこれまでのすべての記録を大幅に塗り替えるもので、この分野での世界記録となりました。しかし、ボニファシオ海峡制覇は彼の人生の中で最後の成功ではありません。この功績に安閑とすることなく、モンベッリはこの先のチャレンジをすでに見据えています。

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モンベッリが着用しているモデル
マリンマスター クロノグラフ
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